よく「登りきったときの達成感が」と言われたりしますが、
私自身は余りそれを感じません。
どちらかと言うと、成功してもその課題から開放される安堵を強く感じてしまいます。
また、その日にたとえ目標のルートが登れなくとも十分に楽しいのです。
美しいルートに取り付きクライミングに浸っていると
なんともいえない幸福を感じます。
自然の中で岩を登ると言うことはただ体を動かす競技的なものに比べて
よりスピリチュアルな魅力があると感じています。
私はフリークライミングを競技的なものだとは思っていません。
なぜなら人と競う必要がなくルールも存在しない、
他人に順番をつけられることもない。
枠にはまらず強制もされない自由なものだからです。
しかしそこにはルールよりも強いクライミング特有のモラルというか
掟に近いものがあります。
すべてのクライマーにはそれを学び、守り、
そして次の世代へと伝えていく義務があります。
あらゆるフリークライミングの場には潜在的な危険が存在します。
それらの危険を回避する手段を学ぶことは
日常生活においても大変役に立つことだと思います。
また、純粋に体を動かし何かを勝ち取っていくと言う
スポーツ的な面ももちろんあるでしょう。
それらを考えるとフリークライミングは
スポーツ的な冒険とも冒険的なスポーツとも言えます。
また年齢性別を問わずその人の人生に有益な何かをもたらしてくれることでしょう。